「考えずに書く」ために「あらかじめ考えておく」。
それがプロットの本来的な効用である。
プロットは「脚本」、執筆は「撮影」
映画にたとえるなら、プロットは脚本、執筆は撮影に当たる。
そもそも、脚本とはなんのためにあるのだろうか。
あれを「俳優の喋るセリフ集」と捉えるのは、一面的な見方である。
脚本は、「撮影するものを指定するための指示書」なのだ。
脚本がない映画を考えてみよう。
スタッフと俳優が集められ、カメラや照明やマイクが準備され、「さて」と監督が言う。
「これから、なにを撮ろうか」
これでは、撮影など進むはずがない。
北野武は脚本を書かないことで有名だが、あの人は撮影現場で俳優にセリフを手渡すのだという。
紙に書かないだけで、彼の頭のなかには立派な脚本があるのだ。
つまり、映画撮影には脚本が要る。
だから、脚本は書かれるのだ。
小説におけるプロットも、これと同様である。
プロットがなければ、その日なにを書くかは定まらない。
映画と違ってスタッフは作家ひとりきりだから、いくら時間を無為にしても構わないようにも思える。
机に座ってぼんやりと、頭のなかで構想が固まるまで待てばいい。
けれどじっさいには、こんなふうにぼんやりと構想を練ることは難しい。
とかく暇つぶしに事欠かないのが現代社会だ。
ネタ探しのためスマホを手に取れば、氾濫する文章、動画、音楽、ゲーム、SNSの投稿などがきみの注意を奪い合ってしまう。
きみの手元に残されるのは、単なる後悔だけになるだろう。
ああ、また書かなかった。
俺ってやつは。
プロットを準備しておけば、こういうことが少なくなる。
目のまえにある文章の束が、きみの注意を惹きつけてくれる。
執筆のときには「考える」ではなく「感じる」
執筆のときに、「考えている」暇なんてない。
きみは想像力を解き放っていなくてはならない。
感覚を研ぎ澄ませ、その場面をありありと思い描かなくてはならない。
彼らはどんな表情をしているだろう?
どんなポーズで、どんなしぐさを見せているのか?
周りにはなにがあるのか?
どんなにおいがし、どんな音が聞こえているのか?
気温はどうだ? 湿気は?
なにが見えている?
どんな風景に取り巻かれているのか?
すべてを感じ、ことばに移し替えなければならない。
脳のリソースのすべてを、そちらに傾けなければならない。
「いったい次はなにが起こるんだろうか?」などと思いをめぐらせている余裕などないのだ。
撮影のまえに、脚本を完成させておけばいい。
執筆のまえに、プロットを完成させておけばいい。
難しいことなどなにもない。
だが、プロットはどう書いたらいいのか?
箇条書きでプロットをつくる:消し込みながら描写をする
小説は時系列によって、直列的に書かれていく。
しかし、じっさいにぼくたちが世界を知覚するとき、並列的に感じることが多い。
この食い違いが、世界をことばに置き換えていくむずかしさの背景には存在する。
並列的というのは、
つまり、「同時に感じる」ということだ。
風景を眺めるとき、木、海、砂浜、サーフィンする男、日光浴する女、はしゃぐ子供たち……というふうに順番に眺めるひとはいない。
基本的には、それらが渾然一体となった「ビーチ」の総体を眺めている。
しかし、これを書こうとすれば、木、海、砂浜……と、順を追っていくしかない。
その順序の決め方によって、ほんものの知覚に近づけるかどうかが決まってくる。
だから小説の風景描写というのは難しいのだ。
これを解決する手法として、箇条書きが挙げられる。
とりあえず、この場にあるものをすべて並べておく。
出来事も並べておく。
すべてを等価に、箇条書きしてしまうのだ。
例
・ジェイムズ、砂浜に出る
・ジェイムズ、デッキチェアに寝そべる
・ルーシーがジェイムズの元に現われる
・「あんたこんなところにいたの? 私の苦労も知らずに」
・「まあ、どこで過ごしてたって、待ち時間は待ち時間だ」
・「なんとかなったんだろ?」
・デッキチェアがひっくりかえされてジェイムズが砂まみれになる
・鬱蒼としげったヤシの木たち
・熱い砂浜
・真っ青な海
・サーフィンする男
・日光浴する女
・はしゃぐ子供たち
青字が、事前に想定しておいた描写リストである。
執筆の段階では、出来事を羅列していきながら、描写のリストを消し込んでいく。
描写のほうはToDoリストのように、消化していくのだ。
例 ジェイムズはコテージのドアを開いた。 鬱蒼としげったヤシの木たちを抜けていくと、砂浜にたどり着く。ビーチサンダルをつっかけた足の指に、熱い砂が絡みついた。真っ青な海では、男たちがサーフボードを使って器用に波に乗っている。子供たちがジェイムズの目の前をはしゃぎながら駆け抜けていく。 子供らの影から、日光浴する女たちを見つけた。ジェイムズは空いているデッキチェアのひとつに歩み寄ると、身を投げ出した。日光がサングラス越しにもジェイムズの目を焼いた。 しばらく、ぼうっとする。 静かだった。潮風に乗って、サーファーたちの声がわずかに届いているぐらいだ。熱さも、昨晩の酒が抜けきらない体に心地よい。 と、つむったまぶたの裏が、赤から黒へと変わる。 目を開くと、逆光になって仁王立ちするシルエットが見えた。 「あんた、こんなところにいたの? 私の苦労も知らずに」 ルーシーだった。 「まあ、どこで過ごしてたって、待ち時間は待ち時間だからな」ジェイムズはサングラスを持ち上げて言った。「なんとかなったんだろ?」 ルーシーは無言でしゃがむと、デッキチェアの端を掴んでひと息にひっくりかえした。天地が逆転し、ジェイムズは鼻面から砂へと突っ込んだ。
こうすると、話の流れに描写を無理なく組み込んでいくことができる。
使わなかった描写は、無理に組み込まない。
話の流れを阻害するぐらいなら、ないほうがいい。
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